秋田県 能代鎮守 日吉神社

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祖先を祀る

今日からお盆。
立秋を過ぎたとは言え、真っ青な空には、モクモクと真夏の入道雲。
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この鬱蒼とした木立を抜けると、日吉神社の14代の宮司をはじめ坂本家代々のご先祖様が眠る静かな清らかな場所があります。
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”お盆”は仏教の行事のように思われがちですが、祖霊を祀る風習は仏教伝来のずっと以前から日本に根付いていたもの。
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神道では祖先を祀る処を”墓”と言わず、”奥都城”(おくつき)と言います。
”都”または”津”と現すのは”万要仮名”。現代の言葉で言えば助詞の”の”に当たります。
いわば、”奥深いところにあって外部から遮られた聖域”という意味でしょうか。

我が家では、こんな小さな石も祖先を祀った印として言い伝えられています。
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いつの時代なのかも、名前も分からないけれど、小さな花を手向けます。

そして、こちらが初代宮司 法印栄長の奥都城。

時代は戦国時代、
遠く甲斐の国で武田晴信(のちの信玄)の初陣、その奇策によって滅ぼされた”平賀玄信”

栄長はその平賀玄信の子孫と言われています。
日吉神社を能代の鎮守の神様としてお祀りするにあたり、領主秋田尋季公の寄進で神社が建立されました。
その時に、男鹿に住んでいた天台宗の修験僧 栄長を招いて別当とした、と社伝は伝えています。
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お盆の時期は、遥か昔の祖先のことを思い、静かにその御霊を慰める時ですね。
by noshirohiyoshi130 | 2015-08-13 21:20 | 文月の社務日誌 | Comments(0)

能代伝統の役七夕が行なわれました

毎年8月6日・7日に行なわれる能代の伝統行事 役七夕。

市内を引きまわした後、米代川にシャチを浮かべて火を放ち、大海原に流す”シャチ流し”は、炎暑の眠気や疫病などを海に流す”祓え”の意味があると言えます。
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寛保元年 1741年の『代邑見聞録』には、次のような記述があります。
『7月6日の夜は、童部共五人十人組合灯篭をつけ、太鼓・鉦・笛にて”ねふれねふれ流れ、豆の葉にとまれとまれ”と囃し、町中を廻る。城下は関東ささらのうたとかや。これをねふ流しといふ。牛女祭る夜といふにより、眠流しといふ事にや。一夜不眠、朝になりて川に出て垢離をかく』

昔は子供たちが朝になると水垢離をして、身を清めたと書かれています。

子供七夕、天空の不夜城そして役七夕と続いた能代の七夕ウイークも今日が最終日。
綺麗な夕陽が沈むところでした。
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それでは、8月3日の天空の不夜城から、暫し能代の暑い夏をご覧下さい。
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シャチの違いにご注目。
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さて、役七夕は最後の日。
シャチ流しが行なわれる下浜埠頭には、大勢に人が集まって来ています。
太鼓と笛の音が夜空の響きます。
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シャチの中央に高々と掲げられた日吉大神さまのご加護を頂いた御幣。
最後まで安全を見届けていらっしゃるかのように、闇の中でひらひらと揺れています。
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解散式の頃には、秋風が立ったかのよう・・・
明日は立秋ですものね。
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役七夕の中で最も多くの七夕が運行する”柳若組”
お互いに、協力しあって無事に運行出来たことを感謝しあいます。

解散式を最後まで見て神社に帰ると、もう12時近くになっていました。
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詳しい話は、またこの次に・・
by noshirohiyoshi130 | 2015-08-08 17:22 | 文月の社務日誌 | Comments(0)