秋田県 能代鎮守 日吉神社

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天地はじめの時・・・・

日吉神社の社守猫フーちゃん、改め”文月”です。

寒気団も漸く去り、ほんのりと春めいて来ました。
「米代川の氷も溶けたよ」と、ハリー兄さん。
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草木の芽吹きも、まだだけれど・・・・風や空の色や、鳥の囀りに春を感じます。

宮司さんが、ハリー兄さんに話しています。

「草木もまだ萌えず、春はまだ目に見えないけれど、何となく春の気配を感じる時に、古事記 上巻の最初の文章を思い出します。」

【天地はじめの時、高天原になりませる神の御名は、アメノミナカヌシ神、次にタカミムスビ神、次にカミムスビ神。この三柱の神はみな独り神なりまして、御身を隠し給ひき。

次に、国わかく浮脂のごとくして、くらげなす漂える時に、葦かびのごと、萌えあがるものに因りて成りませる神の御名は、ウマシアシカビヒコヂ神、次にアメノトコタチノ神。この二柱の神もみな独り神なりまして、御身を隠し給ひき】


国の初め・・・
それは、暗黒の世界から幽かな光が少しずつ少しずつ、射してくるような・・・

混沌とした世界から、神様の気配のようなものが現れて・・・そしてフーと何処かへ消えて行きます。
次に、また神様が、葦のようにスーと現れて・・・又何処かへ消えて行きます。

神様は姿に見えないけれど、何だかそのあたりにいらっしゃるような?
そんな気配、予感・・そしてそれが”信仰”というものかも知れません。

”春の予感”は、神様を信じる気持ちに良く似ています。
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もしかすると、”春の予感”は、花々の咲き揃う春爛漫より、わくわくするものかも知れません。
by noshirohiyoshi130 | 2013-03-04 10:36 | 文月の社務日誌 | Comments(0)