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秋田県 能代鎮守 日吉神社

春分の日

日吉神社の社守猫”フーちゃん”です。

とても寒い春分の日です。
春分の日は、太陽が赤道上を直射して、全地球上で夜昼の長さがほぼ等しくなる日だそうです。
確かにお日様が出るのはとても早くなりました。

宮司さんがお日供に行く午前7時頃、ついこの間まではお日様は遠くの森吉山のあたりから登って来るところでした。
この頃は結構高い処にあって、境内を明るく照らしています。
境内の雪もこんなに解けて・・
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モグラさんがあちらこちらに、芸術的な絵を描いています。
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フーちゃんは、モグラさんに会えるのをとても楽しみにしています。
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(・・・あら目がランランと・・・・つい・・・・)

お墓詣りに着いて行きました。
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神道ではお墓のことを”奥都城(おくつき)と言います。
ここに宮司さんのご先祖さまが静かにおやすみになっています。
フーちゃんも、一緒にお詣りします・・・

今日は56年前、能代に第二次大火があった日でもあります。
昭和31年3月20日 午後11時に畠町から出火。1475棟が焼失、6087人が焼け出されました。
今日も北風が強いので、火の用心怠らず!
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Commented by かごやのひろし at 2012-03-21 04:23 x
昔の家屋は燃えやすかったし、消防の能力も今と比べると格段に貧弱だった。その後の都市計画は防火対策の目的もあり道路を広くしたし、木と紙でできた家屋も少なくなった。風の強いのは能代の宿命で今の美しい防砂林も風よけ砂よけであった。江戸時代から能代は火事が多かったらしい。

風の強いのは凧揚げの絶好の条件でもあった。昔の能代は凧揚げがさかんで、今、能代の伝統の凧は「べらぼう』とかになってますが、私はそれを知らない。私にとって能代の凧は、たしか幸町にあった、記憶がはっきりしないが『北萬』とかいう凧屋の勇ましい武者絵の凧で籐で作ったうなりをつけ、大工さんに作ってもらった立派な糸巻きを使い第二小学校の校庭でちょうど今の時期であったか、寒さで手を凍えさせながら毎日のように凧あげを楽しんだ。籐のうなりをつけた凧は大型で強風のためにコントロールするにはかなりの力が要り、太い糸を使うため木製の立派な糸巻きが必要であった。それはとりもなおさず、小さい子供が大きな子供の仲間入りすることで、なんとなく誇り高かったものである。
Commented by noshirohiyoshi130 at 2012-03-21 13:44
北萬さんは今でも凧を作っていますよ。おじいさんは数年前に亡くなりましたが、若い方が後を継いでいます。
能代はやはりべらぼう凧が主流ではないでしょうか?毎年4月最終日曜日に埠頭で凧上げ大会が行われています。全国から愛好家が集まって、大凧も挙げられていますよ。
by noshirohiyoshi130 | 2012-03-20 17:11 | 文月の社務日誌 | Comments(2)