秋田県 能代鎮守 日吉神社

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坂本勇翁さん

日吉神社の社守猫”フーちゃん”です。

今日は”啓蟄”。でも、まだ地面は雪に覆われていて、虫さん達も出て来ることが出来ないわね。
外は雨だし、今日は宮司さんのお話をゆっくり聴くことにします。
昨日のお話の続きです。
フーちゃんには、ちょっと難しいお話。しかも長くなりそうよ。。
起きていられるか・・・ちょっと心配だけど・・・・
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”秋田県能代港市街地明細絵図”による日吉神社の図
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ここに書かれている坂本定寿=左源太(天保8~明治31)は第11代宮司。
坂本勇翁の長男として生まれました。

定寿の父親、第10代宮司坂本勇翁は江戸末期、外国船が次々と日本へやって来て、日本が諸外国から開国を迫られ、尊王攘夷の風が吹き荒れていた激動の時代を生きています。

勇翁は憂国の志高く、弘化4年に勤王の志士 頼三樹三郎(頼陽山の三男)が、蝦夷島探検の帰途に能代に立寄った時に、夜を徹して国事を語り、歌を詠んだそうです。

やがて、安政6年、三樹三郎が安政の大獄により刑死します。
勇翁は、身辺に裁きが及ぶことを案じ、家督をまだ19歳だった長男、定寿に譲り、江戸に上り、平田塾に身を潜めます。
後年、帰郷しましたが、復職せずひっそりと余生を過ごしたそうです。

墓石に勇翁の歌が刻まれています。

  天地を貫くものは 世の中の
  人の心の誠なりけり

定寿=左源太も又、勤王の心深く、戊辰戦争の際、神輿を担ぐ若者や北秋田阿仁のマタギと騎兵隊を組織し、神出鬼没の戦いをした、と言われています。
左源太さんの話は、また今度にしましょうね』
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ごめんなさい・・・やっぱり眠ってしまったわ・・・・
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by noshirohiyoshi130 | 2012-03-05 21:17 | 文月の社務日誌 | Comments(2)
Commented by かごやのひろし at 2012-03-06 04:38 x
貴重なお話しありがとうございました。能代は商人の町で、インテリは神社とかお寺の人たちだったのだと思います。能代の旧家安膿さんのご先祖も活躍されたみたいです。

勇翁さんの歌『天地を貫くものは 世の中の人の心の誠なりけり』は私たちが忘れてしまった日本人が本来持ってた真心がこめられてると思います。裂帛の気迫こころをうちます。

アメリカは日本人の精神的な強さを神道の影響と考えて占領下、神道指令をだし、その影響を徹底的に排除しようとしたそうです。
Commented by noshirohiyoshi130 at 2012-03-06 13:24
先代宮司は靖国神社からGHQに出向し、神道を守るために奔走しました。父は多くを語りませんでしたが・・・今となれば残念でなりません。